塗装 茨城県 屋根 外壁 守谷市 龍ヶ崎市 つくば市 柏市 プラチナコーティング
地元職人の「本物の塗替え」専門店 株式会社プラチナコーティング
職人ご紹介
いつも一生懸命。ただ、それだけです。
私の大好きな仕事。それが、塗装職人なんです・・・。
塗替え名人 親方 高野 雅章
こんにちは。僕は高野雅章です。今、42歳です。
塗装職人になって、24年になります。大野君に出会って14年。
プラチナの立ち上げから大野と一緒に、
一緒に地元の皆様の大切なお住まいを塗替えさせてもらっています。

もともと塗装する事が大好きで、この塗装道一筋で生きてきました。
若い時は、もっと自分の技術に磨きたい。
そんな思いで、横浜や東京の有名な塗装店に修行にも行きました。

当時から、「これ以上に綺麗に仕上がる方法は、無いだろうか?もっと長持
ちする方法は、無いだろうか?」と、朝から晩まで塗装のことばかり考えていた
から、私は塗装オタクかもしれませんね。

でも・・・「この塗装の仕事は、世間ではさげすんだ目で見られることが多いんです。
世間では臭い、汚い、危険だって、3Kって言われていますよね。」

しかし、塗替えの完了挨拶の時に嬉しそうな笑顔で
「ありがとう!新築のとき以上にピカピカになりました。」と喜んでいただくとき。
この瞬間が一番嬉しいんです。職人気質なので褒められるのは少し苦手なんですけど。(笑) だから、10年後ぐらいに「もう一度、あの手際の良い職人さんにお願いしたい。」と、 またのご指名をいただけたときは、心の中で「ガッツポーズ」をしています。

塗り終わった時は、同じような仕上がり?かも知れませんが、3年から5年後になった時に、
「あの職人さんに頼んでよかったな。」と本当に思ってもらえるように、
本物の塗替えをいつまでも自分に正直に提供していきますので、
これからも、プラチナコーティングを宜しくお願いいたします。
自分のこわだりを大切にできるから・・・。
「本物の塗替えは、一生モノ」1級塗装技能士 木村 秀明

  こんにちは。僕は木村秀明です。今、39歳です。
  塗装職人になって、18年目になります。
  このプラチナの塗替えをするようになって10年目になりました。
  以前は、塗装業界では「ガン屋さん」と呼ばれる吹付けを主とした大手の仕事ばかりしていました。たまに、「街場」と呼ばれている皆様の大切にされているお住まいも塗らせてもらっていたのですが・・・

そのときに、とても残念に思っていた事があるのです。私が、勤めていた会社は、すべて下請け工事でしたから、すべて上の指示どおりに工事をしなければなりません。

あるお客様の木製の玄関扉を塗装させてもらっているときのことです。
この玄関扉は、素晴らしい素材だから大切にされているのだろうな。
新築した時には、こだわりを持って選んだのだろう。よしっ。私の持てるだけの技術を提供しよう。早速、下地処理から始めると・・・。
「何、手間かけているんだよ。さっさと、色だけ塗ればいいんだよ。」この悲しい建築業界の体質に、すごくガッカリしたことを覚えています。

ここでは自分の職人として、こだわりの仕事は出来ないな。そんな事を思い始めた時期でもありました。

だから、前から誘われていた大野君と一緒に働こうと思ったんです。自分のこだわりを追求できる会社で、お客様の喜んだ顔だけ見たい。2回目も3回目も、ご指名いただくような塗替えの仕事をしようと。

実は僕、代表の大野君とは、幼稚園からの幼馴染なんですよ。いつも大野君は、「前へ習え!」僕は、一番後ろでしたね。この関係も、今でも一緒なのかもしれませんね。
僕は、身長は187cm。高いところは任せて下さいね。でもA型なので、どちらかと言ったら細やかな仕上げが得意です。1級技能士ですから。
「大野と高野さん、大河君と一緒に、茨城で一番チームワークの良い塗装店と呼ばれたいですね。」
私も、皆様と同じようにマイホームで、大切な家族(小学3年と6年の愛娘)と暮らしていますので、大切な我が家に対する思いは知っています。
皆様の我が家に対する思いに、こだわりの手塗りで仕上げますので塗替えのときは、ご指名してくださいね。
最新技術を取込んだ伝統の職人仕事に・・・
「地域に愛される会社でありたい」 中村 友洋
こんにちは、大河です。29歳です。
塗装職人になって、11年目の1級塗装技能士です。

茨城県の坂東市で、ずっと仕事をしていたのですが・・・5年を過ぎた頃
から現在の状況でいいのか?そんな疑問を持ち始めました。その思いか
ら、いろいろな塗装屋に手伝いに行ったりしたのですが、粗い仕事ぶりに
愕然としました。

「もっと、丁寧な仕事がしたい。もっと、自分の技能を伸ばしたい。」

この思いは、日に日に強くなり、茨城県内の塗装屋さんを調べ尽くしました。
そして、見つけたのがプラチナコーティングです。

「ここだ!」と思い、職人募集していませんか?とお電話したのですが・・・
一度、断られました。
あの時の自分は、まだ何か足りなかったのかもしれません。

でも・・・どうしてもプラチナコーティングで働きたい。
この思いが消えることはありませんでした。
ですから、2度目のチャレンジ!何とか、働かせてもらえることになりました。

僕も、2歳と3か月の愛娘の父親です。家族っていいですね。

家族が、いつも笑顔で暮らせるお手伝い。
チーム プラチナの一員として、「茨城で一番の作品創り」と、
地域の皆様に、大切な我が家で快適な安心生活をご提供すること。
このプラチナの精神で、毎日、一生懸命に頑張ります。
ページの先頭へ